襷がけの二人
2時間前
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こんばんは。活字中毒おばさんです。
本日も一緒に過ごして下さった方、ありがとうございました✨️
昨日は三島由紀夫先生の命日、憂国忌でしたね。なぜか、東出昌大が三島文学について語る映像を見ましたが(そこの人選、平野啓一郎じゃないんだ)、意外と的を射た見解でして
東出……、おまえ、三島文学語れたんか……。
(※「ごん、お前だったのか。いつもくりをくれたのは」風にお読みください)
おまえは太宰(女癖悪い系デカダンスダメンズ)の側だと思っちょったぞ……。
というか、俄然、東出昌大で「人間失格」観たくなってきたぞ。
悪気はないのに、いまいち世間の道德感から剥離していて、いつもうっすら笑っていて、甲斐性はないのに、なぜか女が途切れない。
葉蔵=東出でぴったりじゃないか🤔
そしたら「斜陽」の上原も東出で観たい。
人間は恋と革命のために生まれてきたのです。
(※太宰をディスっているわけではありません。三島先生の華々しさに憧れながらも、同族嫌悪と、拭いきれない共感の入り混じった思い入れを抱いているのは太宰なんです。あたい、アンビバレントな女なんです)
・
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さて。ワタクシの読書習慣におけるマイルールの一つが
☝️一ヶ月に一冊は人情ものを読むこと
です。
今月の人情もの枠は「襷がけの二人」。
戦前・戦中・戦後、と動乱の時代を、手を取り合って生き抜いた二人の女性の物語です。
裕福な家に嫁いだ千代と、その家の女中頭の初衣。主従を越えた友情を育んだ二人が、戦中の混乱を経て、三味線のお師匠と女中として、立場が逆転した状態で再び共に暮すことになる。けれど、初衣は戦火から逃げる折、視力を失っていたーーというあらすじです。
三島・谷崎・川端康成をエロ本として読んでいるワタクシは
「主従が逆転した、盲目の三味線のお師匠さんと、彼女を慕うがゆえに正体を隠し仕える元奥様……、これは百合版『春琴抄』……ってコト!?ドゥフフ……」
と、下心満載で読みはじめたのですが、清らかな、清らかな物語でした。
御恩奉公とは、互恵的な関係であり、下の者が上の者に一方的に尽くすこと、ではありません。
主が主としての役割を果たすからこそ、従が従として尽くす。忠義に双方向性があるからこそ、生じる信頼関係に美しさが宿るのです。
「One for all, All for one.」、「一人は皆のために」は「皆が一人のために」があってこそ、成立するのです。
千代は、奉公人たちにも家族のような慈しみを向ける舅が取り仕切る家に嫁いだせいか、生来のさっぱりした気性のせいか、驕り高ぶることがありません。
いずれは奥を仕切る者として、奉公人たちから素直に家中のあれこれを学び、彼女らと姉妹のような関係を築きます。
離縁し、女独りとなり、かつては自分の従者であった初衣に仕える身の上になっても、卑屈なところや恨みがましいところが全くない。
かつて、初衣が手の込んだ料理を一家に振る舞ってくれたこと、自分に料理の手ほどきをしてくれたことを思い出し、今度は自分が心を込めて、初衣の食事を用意する。
主従の上下が逆転しても、お互いを一人の人間として慕い合い、陰日向なく労り合う二人の姿には、時代の澱や、時に他人から向けられる荒んだ目を雪ぐ美しさが通っています。
ぜひ「この世界の片隅に」の片渕須直監督でアニメ化して欲しい。
エンドロールで、女中仲間だったお芳ちゃんに会いに行く二人の後日談が流れたら、涙ちょちょぎれる。
本日も一緒に過ごして下さった方、ありがとうございました✨️
昨日は三島由紀夫先生の命日、憂国忌でしたね。なぜか、東出昌大が三島文学について語る映像を見ましたが(そこの人選、平野啓一郎じゃないんだ)、意外と的を射た見解でして
東出……、おまえ、三島文学語れたんか……。
(※「ごん、お前だったのか。いつもくりをくれたのは」風にお読みください)
おまえは太宰(女癖悪い系デカダンスダメンズ)の側だと思っちょったぞ……。
というか、俄然、東出昌大で「人間失格」観たくなってきたぞ。
悪気はないのに、いまいち世間の道德感から剥離していて、いつもうっすら笑っていて、甲斐性はないのに、なぜか女が途切れない。
葉蔵=東出でぴったりじゃないか🤔
そしたら「斜陽」の上原も東出で観たい。
人間は恋と革命のために生まれてきたのです。
(※太宰をディスっているわけではありません。三島先生の華々しさに憧れながらも、同族嫌悪と、拭いきれない共感の入り混じった思い入れを抱いているのは太宰なんです。あたい、アンビバレントな女なんです)
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さて。ワタクシの読書習慣におけるマイルールの一つが
☝️一ヶ月に一冊は人情ものを読むこと
です。
今月の人情もの枠は「襷がけの二人」。
戦前・戦中・戦後、と動乱の時代を、手を取り合って生き抜いた二人の女性の物語です。
裕福な家に嫁いだ千代と、その家の女中頭の初衣。主従を越えた友情を育んだ二人が、戦中の混乱を経て、三味線のお師匠と女中として、立場が逆転した状態で再び共に暮すことになる。けれど、初衣は戦火から逃げる折、視力を失っていたーーというあらすじです。
三島・谷崎・川端康成をエロ本として読んでいるワタクシは
「主従が逆転した、盲目の三味線のお師匠さんと、彼女を慕うがゆえに正体を隠し仕える元奥様……、これは百合版『春琴抄』……ってコト!?ドゥフフ……」
と、下心満載で読みはじめたのですが、清らかな、清らかな物語でした。
御恩奉公とは、互恵的な関係であり、下の者が上の者に一方的に尽くすこと、ではありません。
主が主としての役割を果たすからこそ、従が従として尽くす。忠義に双方向性があるからこそ、生じる信頼関係に美しさが宿るのです。
「One for all, All for one.」、「一人は皆のために」は「皆が一人のために」があってこそ、成立するのです。
千代は、奉公人たちにも家族のような慈しみを向ける舅が取り仕切る家に嫁いだせいか、生来のさっぱりした気性のせいか、驕り高ぶることがありません。
いずれは奥を仕切る者として、奉公人たちから素直に家中のあれこれを学び、彼女らと姉妹のような関係を築きます。
離縁し、女独りとなり、かつては自分の従者であった初衣に仕える身の上になっても、卑屈なところや恨みがましいところが全くない。
かつて、初衣が手の込んだ料理を一家に振る舞ってくれたこと、自分に料理の手ほどきをしてくれたことを思い出し、今度は自分が心を込めて、初衣の食事を用意する。
主従の上下が逆転しても、お互いを一人の人間として慕い合い、陰日向なく労り合う二人の姿には、時代の澱や、時に他人から向けられる荒んだ目を雪ぐ美しさが通っています。
ぜひ「この世界の片隅に」の片渕須直監督でアニメ化して欲しい。
エンドロールで、女中仲間だったお芳ちゃんに会いに行く二人の後日談が流れたら、涙ちょちょぎれる。