再起、そして生命へのよろこび
こんにちは🌈
お久しぶりです
ずっと体調不良でお休みしていましたが、回復してきました😆
毎日強めの薬を飲んで病院で点滴したりで、この五日間ずっと寝たきりで起きている時間が少なかったのですが、体調が悪くなると毎日健康に過ごせていたのは贅沢な事だったんだなと実感します.....
毎回失ってから気づくなんて人間って愚か😞
そして人間は愚か繋がりと言う事で、嵐が丘(2026)とザ・ブライド!を見てそういえば嵐が丘で、ヒースクリフ役のジェイコブ・エロルディもフランケンシュタインの怪物役やってたなと思い出し、Netflix映画の『フランケンシュタイン』を見ました🧟♂️
ちなみに監督はシェイプオブウォーターやパンズラビリンスでお馴染みのギレルモ・デル・トロ監督です
結論から言うと、これがめちゃくちゃ良かったです!
原作とは色々違うのですが、この映画では心は壊れても、壊れたまま生き続けるとあるように、生まれてしまった痛みをどうやって生き直しに変えるかというテーマがあるのかなと思いました
まず前提として、原作のフランケンシュタインといえば怪物(“あれ”と呼ばれる)を生み出したマッドサイエンティストのヴィクター・フランケンシュタインと、ヴィクターが死体から生み出した“あれ”の愛憎と悲劇という感じです。
(ちなみに原作者のメアリー・シェリーはフランケンシュタインの怪物に名前がないことへこだわっていたので、怪物をフランケンシュタインと呼ぶのは冒涜と言えるでしょう)
みなさんフランケンシュタインの怪物のイメージといえば、頭からネジが飛び出していてゾンビのように手を前に突き出し、知能も低い恐ろしい化け物という感じかもしれないのですが、実は真逆で“あれ”は知能が高く雄弁で、善良な心を持つ人に愛されたい、理解されたい怪物なんですよね。
だけど、その見た目の醜さにより人間には拒絶され、迫害され“あれ”自身も人間に絶望するというストーリーなのですが、このNetflix映画のフランケンシュタインは原作に許しを加えたストーリーになっていて非常にドラマチックでした🎞️
原作だとヴィクターは“あれ”を生み出した瞬間、その醜さに「なんやこれ...」と萎えぽよし、赤ん坊のように自分に手を伸ばす“あれ”から逃げてしまうのですが、この映画のヴィクターは歓喜し、赤ん坊のような“あれ”に父親のように言葉を教えようとするんですよね。
だけど、“あれ”はなかなか言葉を覚えずヴィクターは苛立ち、あれは失敗作だ。と屋敷ごと“あれ”を燃やし葬ろうとするのですが、いざ屋敷が炎に包まれ屋敷の中から“あれ”の「ヴィクター!」と自分を呼ぶ声を聞いて、ヴィクターの歪み切った、しかし根底に確実に芽生えていた父性が表に出て燃え盛る屋敷へと“あれ”を救出しに戻るのですが、爆炎で吹き飛ばされヴィクターは片足を失うシーンがあるのですが、個人的にはこのシーンが一番印象深いです。
ヴィクターは言葉を覚えない“あれ”に罰として非道な行いをするのですが、その非道な行いというのがヴィクター自身が冷血な父親から受けてきた扱いそのものなんですよね.....
親から受けた扱いでしか自分の子供を愛せない、ヴィクターも決して善人ではないのですが彼自身も被害者なのだと思いました。
そして1番の原作との違いとして、最後ヴィクターが“あれ”を息子と認め、謝罪をして“あれ”もヴィクターの謝罪を受け入れて和解し、ヴィクターがこの世を去り、“あれ”自身も生きていくことを選ぶのですがこの改変もgoodだなと私は思いました🌅
あと個人的にはルッキズムで汚染された現代社会にも刺さる作品かなとも考えました。
まだまだ語りたいところはありますが、超長くなりそうなので興味が湧いた方は実際に観てみてください♪
📞080-3337-8739
至極のアロマ💙あおい

