YOU MAY DREAM
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こんばんは✨シズカです🎸
本日も一緒に過ごして下さった皆さん、ありがとうございました✨
シナロケの鮎川誠さんの訃報に打ちひしがれていたのですが、お呼び下さった方とロックの話ができて、ちょっと元気回復しました☺️
やっぱりロックンロールやね~(byナンバーガール)!
シーナさん&鮎川さんはロック界のベストカップルだと思うんだよ。カッコいい女と
カッコいい男が愛しあったら、そりゃあもう、カッコいい音楽しか生まれないわけで。
ベンジーが「カッコいいバンドってのは見てくれからカッコいいんだよ。シーナ&ロケッツなんて、シーナさんと鮎川さんが並んで立ってるだけで、もうカッコいい」とまで言うとりましてね。本当にその通りなんだわ。
私は、鮎川誠のカッコ良さがわかる感性の女でいたいし、シーナのカッコ良さがわかる男にいい女だって思ってもらえるような女になりたい。
人間、どんなにベストを尽くしても、関わる人間全てに良く思われるのは不可能です。
現代のカウンセリングの基礎を作ったと言われている臨床心理学者のカール・ロジャーズは、人間関係の法則として「2・7・1の法則」というものを提唱しています。
自分の周りに10人の人間がいたとして、自然と打ち解けて自分のことを好きになってくれるのが2人。
好きでも嫌いでもない、特別な関心を抱かない人が7人。
残りの1人は、何をどうやっても反りが合わず、無条件で自分を嫌う人。
といった比率になるそうです。
余談ですが、人間の腸内細菌は善玉菌・悪玉菌、そして日和見菌の三種類に分類されます。日和見菌とは、本来は善玉にも悪玉にも属さないけれど、体調によって悪玉寄りになったり善玉寄りになったりする菌のこと。最も健康的なバランスは「善玉菌2:日和見菌7:悪玉菌1」だそうです。
悪玉を0にすることがベストではない、と言うのが深いですね。人間関係においても、自分を嫌ってくれる人の存在で、自分を好いてくれる人の有り難みがわかることもあるしね。人間社会と腸内環境の均衡は非常に似通っている。色々と考えさせられます。「人間本来糞袋」と言う禅語が脳裏を過ります。
世の中にはいろんな人間がいて、いろんな理由で人を嫌う人がいます。マジョリティと異なる人間が嫌いな人。群れない人間が嫌いな人。自分より幸せそうな人が嫌いな人。自分とは違う価値観や優先順位で生きてる人間をほっとけない人。皆が嫌いと言っているから自分も便乗する人。
人に嫌われることを漠然と恐れるのではなく、嫌われてもいい人間に嫌われることを恐れないことが大事。
自分はどんな人間に嫌悪感を覚えるか。どんな人間に嫌われる人間になりたいか。
自分はどんな人間が好きか。どんな人間に好かれる人間になりたいか。
それをきっちり自覚して生きることのほうがよっぽど大事。
人に嫌われない人はいませんし、人に嫌われる人間が悪人とも限りません。本当に悪質なのは「嫌いな人をほっておけない人」「嫌いな人には何をしてもいいと勘違いしている人」です。自分がそういう人間にならなければOK。
三国志の関羽がカッコいいのは「敵に対してであっても、最低限の義を持って接しているから」だと思っています。
大事なのは「人に好かれるか、嫌われるか」ではなく「どんな種類の人間に好かれるか、どんな種類の人間には嫌われるか」です。
私は「この人の美意識やセンス、好きだな~!」と感じる人間の感性にしか説得力を感じません。考え方の原点は孔子「論語」の一説です。
「不如鄕人之善者好之、其不善者惡之」
孔子は「善人に好かれ悪人に嫌われるのが真の善人」と説いているんですね。
私は「関わる人間全員に好かれるなんて、どんな聖人君子にも無理。『この人、素敵だな』と思う人に素敵だと思ってもらえる自分になれればいいや、くらいのスタンスで生きるほうが現実的」と考えています。最大公約数じゃなくて素数になりたい。
だから私は、鮎川誠のカッコ良さがわかる感性の女でいたいし、シーナのカッコ良さがわかる男にいい女だって思ってもらえるような女になりたい。
♪それがあたしの素敵な夢。 それがあたしの素敵な夢。You may,You may,You may…….
本日も一緒に過ごして下さった皆さん、ありがとうございました✨
シナロケの鮎川誠さんの訃報に打ちひしがれていたのですが、お呼び下さった方とロックの話ができて、ちょっと元気回復しました☺️
やっぱりロックンロールやね~(byナンバーガール)!
シーナさん&鮎川さんはロック界のベストカップルだと思うんだよ。カッコいい女と
カッコいい男が愛しあったら、そりゃあもう、カッコいい音楽しか生まれないわけで。
ベンジーが「カッコいいバンドってのは見てくれからカッコいいんだよ。シーナ&ロケッツなんて、シーナさんと鮎川さんが並んで立ってるだけで、もうカッコいい」とまで言うとりましてね。本当にその通りなんだわ。
私は、鮎川誠のカッコ良さがわかる感性の女でいたいし、シーナのカッコ良さがわかる男にいい女だって思ってもらえるような女になりたい。
人間、どんなにベストを尽くしても、関わる人間全てに良く思われるのは不可能です。
現代のカウンセリングの基礎を作ったと言われている臨床心理学者のカール・ロジャーズは、人間関係の法則として「2・7・1の法則」というものを提唱しています。
自分の周りに10人の人間がいたとして、自然と打ち解けて自分のことを好きになってくれるのが2人。
好きでも嫌いでもない、特別な関心を抱かない人が7人。
残りの1人は、何をどうやっても反りが合わず、無条件で自分を嫌う人。
といった比率になるそうです。
余談ですが、人間の腸内細菌は善玉菌・悪玉菌、そして日和見菌の三種類に分類されます。日和見菌とは、本来は善玉にも悪玉にも属さないけれど、体調によって悪玉寄りになったり善玉寄りになったりする菌のこと。最も健康的なバランスは「善玉菌2:日和見菌7:悪玉菌1」だそうです。
悪玉を0にすることがベストではない、と言うのが深いですね。人間関係においても、自分を嫌ってくれる人の存在で、自分を好いてくれる人の有り難みがわかることもあるしね。人間社会と腸内環境の均衡は非常に似通っている。色々と考えさせられます。「人間本来糞袋」と言う禅語が脳裏を過ります。
世の中にはいろんな人間がいて、いろんな理由で人を嫌う人がいます。マジョリティと異なる人間が嫌いな人。群れない人間が嫌いな人。自分より幸せそうな人が嫌いな人。自分とは違う価値観や優先順位で生きてる人間をほっとけない人。皆が嫌いと言っているから自分も便乗する人。
人に嫌われることを漠然と恐れるのではなく、嫌われてもいい人間に嫌われることを恐れないことが大事。
自分はどんな人間に嫌悪感を覚えるか。どんな人間に嫌われる人間になりたいか。
自分はどんな人間が好きか。どんな人間に好かれる人間になりたいか。
それをきっちり自覚して生きることのほうがよっぽど大事。
人に嫌われない人はいませんし、人に嫌われる人間が悪人とも限りません。本当に悪質なのは「嫌いな人をほっておけない人」「嫌いな人には何をしてもいいと勘違いしている人」です。自分がそういう人間にならなければOK。
三国志の関羽がカッコいいのは「敵に対してであっても、最低限の義を持って接しているから」だと思っています。
大事なのは「人に好かれるか、嫌われるか」ではなく「どんな種類の人間に好かれるか、どんな種類の人間には嫌われるか」です。
私は「この人の美意識やセンス、好きだな~!」と感じる人間の感性にしか説得力を感じません。考え方の原点は孔子「論語」の一説です。
「不如鄕人之善者好之、其不善者惡之」
孔子は「善人に好かれ悪人に嫌われるのが真の善人」と説いているんですね。
私は「関わる人間全員に好かれるなんて、どんな聖人君子にも無理。『この人、素敵だな』と思う人に素敵だと思ってもらえる自分になれればいいや、くらいのスタンスで生きるほうが現実的」と考えています。最大公約数じゃなくて素数になりたい。
だから私は、鮎川誠のカッコ良さがわかる感性の女でいたいし、シーナのカッコ良さがわかる男にいい女だって思ってもらえるような女になりたい。
♪それがあたしの素敵な夢。 それがあたしの素敵な夢。You may,You may,You may…….