まだ、返せていない傘。
ごきげんよう。
原 めぐみです。
雨の日になると、
ふと思い出すことが
あります。
もう二十年以上も
前のお話です。
高校二年生の、
夏の終わり。
帰り道で、
突然の雨に降られました。
制服のブラウスは
すっかり濡れてしまい、
眼鏡も水滴だらけ。
前もよく見えないまま、
近くのコンビニで
雨宿りをしていたときのこと。
近くの高校の制服を着た
男の子が、
私に声をかけてくれました。
「これを使って」
差し出されたのは、
一本の大きな傘と、
一枚のタオル。
がっちりした体格の、
日に焼けた男の子でした。
「えっ、でも、
あなたが濡れちゃうし……」
そう言い終わるより先に、
男の子は
雨の中へ走り出して
しまいました。
「あっ、待って!」
「ありがとう!」
遠ざかっていく男の子が
手を振ってくれたので、
私も、
何度も何度も
大きく手を振り返しました。
……。
あの男の子の顔を、
私は覚えていません。
雨粒でいっぱいになった
眼鏡の向こうでは、
顔立ちまで
よく見えなかったのです。
けれど、
借りた傘が
とても大きかったこと。
タオルから、
洗剤の香りと、
男の子の汗の匂いが
混ざった、
胸の奥がキュンとするような
匂いがしたこと。
そして、
雨の中を走っていく
後ろ姿は、
今でも覚えています。
……。
もちろん、
借りたものは
お返ししなくては。
そう思って、
あの日のコンビニで
何度も待ちました。
一週間。
二週間。
気づけば、
一か月ほど。
けれど結局、
あの男の子に
再び会うことは
できませんでした。
……。
それから、
二十年以上が
経ちました。
私も大人になり、
何度か引っ越しを
しました。
それでも、
あの日の傘とタオルは、
今も手元にあります。
処分することもできず、
引っ越しの荷物に
そっと加えては、
今日まで
持ち続けてきました。
……。
あの男の子は、
今頃どうして
いるのでしょう。
きっと、
私と同じように
歳を重ねているのでしょうね。
あの日のことを
覚えているかどうかも、
分かりません。
ほんの数分の
出来事でしたから。
それでも、
あの日の親切を、
私は二十年以上
忘れずにいます。
……。
雨の日になると、
時々思うのです。
あのとき、
もう少しちゃんと
お礼を言えたら
よかったなぁ、と。
もしも、
いつかどこかで
再びお会いできたなら。
今度こそ、
お借りした傘とタオルを
お返しして。
あの日は、
本当に
ありがとうございました。
そう伝えたいと
思っています。
……。
今日、もしかしたら
どこかで雨宿りを
している方も
いらっしゃるでしょうか。
どうぞ皆さま、
お足元にお気をつけて。
原 めぐみ。
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