全編

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【前編】中年夫婦の温泉旅行 ― 再燃する夜
子どもたちが巣立ち、久しぶりに二人きりの旅行だった。
四十代後半、夫婦としては落ち着いた関係。
だが旅館に着いたとき、俺の胸は妙に高鳴っていた。
部屋には掛け流しの露天風呂。
「せっかくだし、一緒に入る?」
冗談めかして言うと、妻は一瞬ためらった。
だが、浴衣をほどくと、月明かりに映える白い肌が露わになる。
結婚して二十数年。
見慣れているはずなのに、今夜の妻はやけに艶めいて見えた。
湯に浸かると、ぱしゃりと音が響く。
湯気に包まれた妻の頬は上気し、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「……こんなの、久しぶりね」
呟く声に、俺はたまらず近づいた。
湯の中で触れ合う肌。
ちゃぷん……と水が揺れるたびに、二人の距離が縮まっていく。
唇を重ねると、ちゅっと濡れた音。
妻の喉から甘い吐息が漏れた。
「お湯の音……大きいわ……誰かに聞こえちゃいそう」
頬を赤く染めながらも、妻は俺の腕を握り、逃げようとはしなかった。
湯の下では、ぬちゅっ……ぐちゅっ……と音が生まれる。
二人きりのはずなのに、妙な羞恥と高揚が入り混じり、身体が熱を帯びていく。
月と星が見守る露天風呂で、俺たちは再び夫婦であることを確かめ合った。
(後編につづく)